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一筆龍について

ごあいさつ

初めまして、こんにちは。
日光一筆龍 高瀬文子(三代目 龍正)と申します。
ホームページをご覧頂きまして、心より感謝いたします。
最近よくお客様が来店していきなり、
「こっちの店の龍の方がすごいじゃないか!」
「もう一軒のお店と何か関係あるのですか?」と言われます。
そんな時、
「こちらが本家なのですよ。」
「どうぞ両方のお店を見て、お客さんが判断して好きな方を買って下さい。」
と私は答えます。
今までずっとそうしてきました。
そして、神職や僧侶、スピリチュアルの先生、占い師、パワーストーンのデ
ザイナー、企業の経営者など、いわゆる「特別な人」とごく一部の一般のお
客様からごひいきにして頂きました。

沢山のお客様よりお礼のお手紙をいただいております。有り難うございます。

沢山のお客様よりお礼のお手紙をいただいております。中には海外のお客様も。有り難うございます。

私も「それで良し。本物をわかってくれる人だけでも、お客さんになってく
れれば、それでいいんだ。」
と思い、ホームページなど更新せず、極力テレビスタジオなどの出演もお断
りして、一般のお客さんに対して、広く知らせておりませんでした。
しかし、お客さんの立場になって考えると、
「本物の力強い龍が欲しい。」
「類似品があるのなら、はっきり教えて欲しかった。」
「類似品を買って損をした。」
などの意見を多く聞いているうちに私は、
「きちんと皆さんへ類似品との関係を説明するべきだ。」
「より本物を求めるお客様の気持ちを考えると、きちんと知らせないという
のは私の怠りだな。手を抜いていたな。」と気付いたのです。
まだ、私が描く一筆龍に出会っていない人達へ是非知って頂きたく、このた
びホームページをリニューアルしました。
特別限定品の高額商品から、プレゼントやお土産に最適な1,000円で買
えるのハガキ・名刺サイズの一筆龍をご用意しております。
全ての一筆龍に真心込めて直筆で描いています。
多くの人に喜んで頂き、少しでも心の支えになれることが私の夢です。
今後ともよろしくお願いいたします。

2015年7月26日 日光一筆龍 高瀬文子(三代目 龍正)

日光一筆龍の由来
表参道での実演販売の様子

表参道での実演販売の様子

昭和二十九年に初代龍祥(父)が、日光東照宮前、表参道にて墨を使い一筆で龍を描き上げたことが始まりです。
当時何人か居た作家達も後継者が無く途絶えてしまいましたが、龍祥の長男(二代目 龍昇)、長女(三代目 龍正)、次女(四代目 龍寿)に高瀬家の父子相伝として受け継がれ現在に至っております。
初代龍祥が墨のみでなく鮮やかに彩色したことで躍動感と魂を吹き込む技法は、今の時代にも忠実に継承されています。

龍について

伝説において生物は龍より生まれたとされ、龍は万物の長として崇められてきました。
そして、龍は仏法の守護の他、私たち宇宙に存在するすべてのものを常に守護しております。
龍の姿を描いた龍画は、家門繁栄、招福、除災、法楽を図るとされています。また、龍は神獣、霊獣とされ、魔除け、厄除けの守り神と伝えられている事からも、是非ご家庭にお納めください。

一筆龍の作家
  • 初代 龍祥(高瀬 富一) 1927年、昭和2年 ~ 1985年、昭和60年
  • 二代目 龍昇(高瀬 薫) 1948年、昭和23年 ~ 2006年、平成18年
  • 三代目 龍正(高瀬 文子) 1950年、昭和25年 ~ 現在
  • 四代目 龍寿(加藤 千恵子) 1953年、昭和28年 ~ 現在
  • 五代目予定 (高瀬 浩) 2015年、平成27年 ~ 現在

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類似品(晄秋家)との関係について

ひとことで言って「私どもと関係ありません。」
と言っても納得されないと思います。
これから今までの経緯を説明します。
是非多くの人に読んで頂ければ幸いです。

「日光一筆龍 高瀬」 の始まり

初代である父・富一が当時日本に来てお祭りなど縁日で
墨を使い龍画を描いている中国人の先生と出会いました。
そして、当時の金額でかなり高額な授業料を払いまして
先生を自宅へ住み込んでもらい龍画の指導を受けました。
ですが、当時の龍画は墨の黒色のみだったのです。
初代は東照宮の龍画のように何とか色を出せないかと
毎日苦戦し何度も挑戦したのです。
そして、ようやく筆の上に絵の具を乗せて描く方法を考え、
鮮やかな龍画を描くのに成功したのです。
それは、まさに画期的でした。
当時、中国から来ている何人かの画家がいたようでしたが、
カラーで龍画を描いているのは聞いた事がありません。
墨のみの龍画に色を付け加える技法を考え出したのは
初代のアイディアであり、技術です。
そして、初代の中国人の先生に対し、私の祖父が、
かなりの金額を支払い、その条件として初代の邪魔をしないように
中国へ帰って頂きました。
ここまで、多くの試行錯誤と、年月がかかったのです。
その当時は1ドルが360円の時代でした。
東京オリンピックもあり、世界中の選手達が買っていきました。
そして、この技法を多くの人に伝えず、高瀬家の「宝」として
父子相伝で私の兄である二代目・龍昇へと引き継いだのです。
分家もなく他に弟子は一人もいません。

二代目・龍昇(兄)と晄秋家(阿部氏)との出会い

私の兄が生前よく通っている喫茶店が日光市内にありました。
そのお店の息子が現在の晄秋家店主、若き阿部哲也氏でした。
そんな中、兄は体を患い、自宅での看護生活が始まりました。
そこで、いつも兄が出前を注文していたのが、阿部氏のいる喫茶店でした。
兄が住んでいる近くに阿部氏の喫茶店があり
もちろん注文の料金はお支払いしましたが
兄は自分の身の上話で龍画を描いていることを話したそうです。
私たちは何故、阿部氏が兄に近づき龍画を描くようになったのかはよく分かりません。
私たちにとっては赤の他人で、話した事もありません。
私たち家族、親戚は認めていません。
高瀬の家族会議の中でどうして、阿部氏が龍画を描いているのか
兄は責められていました。
私たちが考えるには多分、龍画を描きたくて近づき
下心がある事を見抜けなかったのでしょう。
兄はとてもお人好しでしたから。

その後、兄は心臓病で入院しました。
兄は独り身だった為、妹の私が入退院の面倒をみていましたが
阿部氏はそんな兄の見舞いへ一度も病院へ来る事なく、
一筆龍のお店を出し、大成功していました。
兄からすれば、想像もしなかった事です。
病んでいた兄の最後の言葉が、
「こんなはずではなかった・・・失敗した。」
でした。
阿部氏と親密な関係になったのを悔やんでおりました。
そして、兄は亡くなりました。
近くに住んでいて、兄が亡くなったことも知らなかったようです。
私の自宅に、風の便りで兄の死を知り
自宅にお線香を持ってきたのが阿部氏の両親でした。
もちろん受け取りませんでしたが、何故本人阿部氏が来なくて
親が来るのかと聞きましたら、龍画の注文が沢山あり、忙しくて来られないと。
「それは変でしょう」と言いましたら、次の日阿部氏が来ました。
もちろん、お香典は受け取りません。
その時、龍画のお店は辞めますと約束しました。
今の生活、収入の基盤を築いた恩人に対して、
なんの礼節も感じられません。
人間として最低限の義理ですら感じられません。
「我関せず。」といったところです。
そんな事とは裏腹に、阿部氏が描いた龍画は飛ぶように
売れていきました・・・。
高瀬家一同、ショックを隠しきれませんでした。

私・三代目 龍正の始まり

子どもの時から、父の手伝いをして、手ほどきを受け継いでいましたが
私は龍画を描く練習に身が入りませんでした。
他にも問題が山積みで、それどころではなかったのです。
ところが兄の死に直面し、一転考えが変わったのです。
「兄の思いを引き継ごう。
本物の龍画を多くの人に知ってもらおう。
私の代で絶やしてはダメだ!」
そこから、私の猛勉強・猛練習が始まったのです。
「陰極まりて陽。」
「ピンチは最大のチャンス。」
「災い転じて福となす。」
といったところでしょうか。
今なら、冷静に思い返せます。
そして現在に至っております。
今でも阿部氏には真似されています。
黒紙を使い、金と銀を描けばその通りに。
白に色を乗せれば、その通りに。
本当にもどかしい心境です。
リピーターのお客様も
「全然龍画が違うし、君は世の中の人に本物の龍画を知らせる義務がある」
とお叱りを言われます。
買い替えに来店するお客様も大勢いらっしゃいます。
とても有り難いことでございます。
今でも初代龍画を40年前に買った方、外国の方もいらっしゃいます。
阿部氏の龍画(もう1件のお店に行った方が)龍画が全く違うとお客様がたくさん来店されます。
親しい友達から「なんで黙っているの!本物なのに!」と
よく怒られます。
平成19年に龍画を販売しない旨の阿部氏直筆の
誓約書ももらってあります。
この契約書がすべてで阿部氏が認めた事実でございます。
阿部氏はもう一生食べていける財産を築いたかもしれません。
ですが、今後も阿部氏の営業を「黙認」する事と思います。
以上の事を踏まえ、一言で言うと、
「私どもと関係ありません。」
となります。
ここで、このホームページを読んで下さったあなたへ
お願いがあります。
日光一筆龍を購入の際には、是非ご自分の目で
両方のお店を見て、感じて、比べてから、購入して下さい。
龍画を選ぶのはお客様の自由です。
ただ、阿部氏がホームページトップで言っている
「~師子四代に渡り挑み続けている匠がここにあります。」
という一節は何を根拠に言っているのでしょうか。
どこにも明確な説明はありません。
是非多くの人に日光まで足を運んでいただき、
素晴らしい笑顔のお客様と出会える日を楽しみにしております。

追伸

私のお店は「龍画の購入は1団体3枚まで。」なんて言いません。
好きなだけ買って言って下さい。
それと、文字の記入もしません。
基本的に紙にめい一杯龍画を描いていますので、
文字を入れるスペースがありません。(汗)
私は龍画を買ってくださるお客様の「頑張ろう」というきっかけの
お手伝いをしているつもりでございます。
願い事は、龍が持っている「玉」に向かって具体的に祈って下さい。
きっと、あなたの願いを叶えて下さる事と思います。
高瀬 文子

(晄秋家)阿部 哲也氏 直筆

(晄秋家)阿部 哲也氏 直筆

 

一筆龍の歴史
  • 1952年、昭和27年
    初代富一が墨画の一筆龍と出会い、技法を習得する修行に入る。
  • 1953年、昭和28年
    初代富一が龍祥の画号を貰う。
  • 1954年、昭和29年
    日光東照宮、表参道にて実演販売を開始。
  • 1965年、昭和40年
    二代目薫が龍昇の画号を貰う。
  • 1966年、昭和41年
    初代龍祥と二代目龍昇が親子で表参道での実演販売を行う。
  • 1971年、昭和46年
    初代龍祥が引退し、二代目龍昇に継承する。
  • 1999年、平成11年
    日光東照宮が世界文化遺産に登録される。
  • 2004年、平成16年
    三代目文子が龍正の、四代目千恵子が龍寿の画号を貰う。
  • 2006年、平成18年 2月
    二代目龍昇が死去。それに合わせて、世界文化遺産登録により表参道での営業が認められなくなり、
    約52年続いた表参道での営業に幕を下ろす。
  • 2006年、平成18年 4月
    三代目龍正が二代目龍昇の意思を引き継ぎ、東武日光駅前、東光物産店の軒先を借り、実演販売を再開させる。
  • 2007年、平成19年
    日光市御幸町 595-5の店舗へ移転。
  • 2015年、平成27年 6月
    区画整理のため「〒321-1401 栃木県日光市上鉢石町 1036 福田屋ホテル跡地」仮店舗へ移転。

日光一筆龍 高瀬

〒321-1401
栃木県日光市上鉢石町 1036 福田屋ホテル跡地
TEL/090-7221-1540
営業時間/10:00~18:00
定休日/水曜日

【平成29年5月23日に移転いたします】
<新住所>
〒321-1404
栃木県日光市御幸町577
TEL/0288-25-6467(6月開通予定)

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